大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成4年(ワ)2543号 判決

主文

一  被告沢辺は原告に対し、金四〇〇万円及びこれに対する平成四年一〇月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告菊地に対する請求を棄却する。

三  訴訟被告は、原告と被告菊地との間では全部原告の負担とし、原告と被告沢辺との間においては、原告に生じた費用を二分し、その一を被告沢辺の負担とし、その余の費用は各自の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

一  被告沢辺関係

原告主張の請求原因の被告沢辺関係部分は当事者間に争いがない。

二  被告菊地関係

1  当事者間に争いのない事実

原告主張の請求原因(一)及び(二)の事実は、当事者間に争いがない。

2  事実の認定

<証拠略>、弁論の全趣旨に照らすと、次の事実を認めることができる。

(一)  被告菊地は、妻が患つているパーキンソン氏病に温泉治療が効目があると聞いて、妻の郷里で温泉治療を受けるため、平成三年三月に妻と一緒に青森県十和田湖町に行つた。

そして、妻の看病の傍ら、十和田湖町の奥入瀬観光ホテルの支配人として勤務するようになつた。そのころから、同観光ホテルの近くで有限会社大作工芸を営み、コケシ、テーブル等の観光土産品を製作、販売していたとかくの噂のある被告沢辺をそれと知らずに知合いになつた。

(二)  被告菊地は木工製品の製作、加工が趣味であつたので、同好の被告沢辺の申入れで、共同の仕事をすることになり、被告沢辺から、被告菊地が中心になつてやつてほしい、報酬は一か月一五万円支払うを嘘をいわれた。人のよい被告菊地はこれを信じて、平成三年五月二八日有限会社大作工芸の代表取締役に就任し、同年六月三日その旨の登記を了した。被告沢辺以外の他の役員には会つたこともなかつた。

(三)  被告菊地は、代表取締役になり奥入瀬観光ホテルを退職し、大作工芸に勤め始めた。ところが被告沢辺は、代表者印、金庫の鍵や帳簿などを被告菊地に引き渡さず、会社の運営と実権は、従前どおり、被告沢辺一人が掌握し、被告菊地は名目上の代表者で、退任するまで報酬や月給を貰つたことはなかつた。会社に退任する登記申請料として六万円を貸している。

(四)  平成三年六月頃、被告菊地は被告沢辺から、会社の運転資金として原告から五〇万円を借り受けるため保証してくれといわれ、同年七月一一日、代表取締役の個人保証として、手形貸付取引約定書の連帯保証人欄に署名押印し、印鑑証明を渡して、連帯保証した。スタンプ印、印章は、被告沢辺が所持していたので、被告沢辺が押印した。

そして、右五〇万円借入れの公正証書作成委任状にも署名した。

なお、被告沢辺は、被告菊地の就任と同時に代表取締役を辞任し、平取締役になつた。そのため、原告は右の手形貸付取引約定書につき、右約定書とは別用紙での保証契約書により被告沢辺の個人保証を徴求している。

(五)  被告菊地は右(四)の連帯保証に当たり、原告の八戸支店営業管理係の佐々木正晴から大作工芸の資産はどのくらいかと聞かれ、被告沢辺に尋ねたところ、同被告において五〇〇万円くらいと答えた。そこで、右佐々木が、その金額を前示取引約定書に記載した。

被告菊地は当時、これが貸付の枠で根保証するとは思いもしていなかつた。

(六)  同日(平成三年七月一一日)、原告は訴外会社に対し、五〇万円の手形貸付をした。この分は、保証付とされていない。これは、同日の一か月前である同年六月一一日を弁済期とする同年二月八日(被告菊地の代表取締役就任前)の同額の手形貸付の書替であると推認できる。しかも、これは平成二年一〇月一日、同年六月二五日の各手形貸付を順次書替されてきたものである。

(七)  同年八月七日、原告は、訴外会社に対し、一三〇万円の手形貸付を保証付で行つている。これは、同日を弁済期とする平成三年四月五日(被告菊地の代表取締役就任前)の同額の手形貸付の書替えであると推認できる。なお、同年一二月一〇日書替決済されている。

(八)  その後、被告菊地は、被告沢辺との間が険悪となり、周囲から被告沢辺の悪い評判を聞き、これ以上関係しないほうがよいと考え、平成三年九月二四日大作工芸の代表取締役を辞任した。登記費用も被告菊地が出した。

辞任の際、被告菊地は、被告沢辺に対し、原告の担当者に今後は責任を負わない旨話を伝えるように依頼した。

(九)  同年九月一九日、原告は訴外会社に対し、一四〇万円の手形貸付を保証付でしている。これは同日が弁済期であつた平成三年五月二一日(被告菊地の代表取締役就任前)の同額の手形貸付の書替えであると推認できる。なお、平成四年一二月二〇日書替決済されている。

(一〇)  同年一一月二二日、原告は訴外会社に八〇万円の手形貸付(本件小切手(1)の貸付)を保証付でしている。これは、前示(六)の五〇万円の手形貸付の書替分と追加貸付によるものと推認できる。

(一一)  同年一一月二五日、原告は訴外会社に一〇〇万円の手形貸付(本件小切手(2)の貸付)を保証付でしている。これは、新規貸付と認められる。

(一二)  同年一二月一〇日、原告は訴外会社に一〇〇万円の手形貸付(本件小切手(3)の貸付)を保証付でしている。これは、同日が弁済期とする前示(七)の手形貸付の内金の書替えによるものと推認できる。したがつて、これは前示(七)記載のとおりもともと被告菊地が代表取締役就任前の手形貸付を書替えたものであつた。

(一三)  平成四年一月二〇日、原告は訴外会社に一二〇万円の手形貸付(本件小切手(4)の貸付)を保証付でしている。これは同日を弁済期とする前示(九)の手形貸付の内金の書替えによるものと推認できる。したがつて、これは前示(九)記載のとおりもともと被告菊地が代表取締役就任前の手形貸付を書替えたものであつた。

(一四)  平成三年九月から平成四年一月ころまでの間、被告沢辺は原告から本件各小切手の書替えを要求された際、従前慣用していた被告菊地を代表取締役とする訴外会社のスタンプ印を使用せず、会社名、被告菊地の名を無断で、被告沢辺が手書きしている。

これは、被告沢辺が本件各小切手出切替融資を受けるに当たり、原告の八戸支店の担当者から代表取締役菊地の名義でするように指示を受けたことによるものであつた。

3  前示2(四)の認定事実に照らすと、原告主張の請求原因(三)の事実を認めることができる。

4  原告主張の請求原因(四)の事実について判断する。被告菊地本人尋問の結果によれば、本件各小切手は被告沢辺が訴外会社を代表して振り出したものであることが認められる。そして、被告菊地は、被告沢辺が取締役退任後の被告菊地の名称を用いて小切手を振り出すにつき、承諾を与えていないから、被告沢辺による本件小切手の振出は偽造である旨主張する。しかし、本件小切手の記載上、本件小切手の振出人は訴外会社である。そして、本件小切手振出当時、被告沢辺が訴外会社の代表取締役であつて、訴外会社の小切手振出に関する権限を有していたことは、当事者間に争いがない。前認定2の各事実、特に(一四)の事実に照らすと、被告沢辺が右権限に基づいて本件各小切手の振出しに当り現代表取締役を表示するに代えて前代表取締役被告菊地を使用したものであると認められるから、訴外会社は、被告菊地の承諾の有無にかかわらず本件各小切手の振出人としてその小切手金支払いの義務を負う(最判昭六一・一二・一九判時一二二六号一二七頁参照)。

5  右請求原因(五)の事実は、甲第五号証ないし第八号証の存在、弁論の全趣旨により、認められる。

6  抗弁について

(一)  根連帯保証契約の錯誤無効

被告菊地主張の抗弁(1)イの事実は、これを認めることができる。

前認定2の各事実、特に(四)、(五)の事実に照らすと、被告菊地は、手形貸付取引約定書(甲一号証)に署名押印したのは、平成三年七月一一日の訴外会社が原告から借入た前認定2(六)の金五〇万円の手形貸付債務を連帯保証するものであると信じたことによるものである。これが限度額を五〇万円とする根保証(連帯保証)であるとは知らなかつたもので、それは後に判明した。このように認められる。

そして、保証が五〇万円の単純な連帯保証か、金五〇〇万円を限度とする根連帯保証であるかは法律行為の内容、性質に関する重要な部分に関するものである。だから、被告菊地に要素の錯誤があり、本件根連帯保証契約は無効であるといわなければならない。

なお、右手形貸付取引約定書には次のような記載がある。(甲一)

第一条一項 この手形貸付取引の元本極度額は、金五百萬円也とします。

第一五条一項 保証人は、債務者が第一条に規定する取引によつて貴方に対し負担する一切の債務を保証し、債務者と連帯して履行する責任を負い、その履行についてはこの契約に従います。

しかし、前認定(五)の事実によると、原告の担当職員から訴外会社の資産価額を聞かれ、被告沢辺が答えた額を右職員が記入したものであつて、被告菊地は当時それが根保証の極度額を示すものとは知らなかつた。したがつて、右約定書の記載のみによつて被告菊地の前示錯誤の認定を動かすことはできない。

(二)  信義則違反について

(1) 前認定2の事実の経緯、特に(三)ないし(一四)の事実、<証拠略>によると、次のように認められる。

イ 原告は被告沢辺を代表取締役とする同被告の個人会社である訴外会社に昭和六三年九月二〇日頃から手形(小切手)貸付による融資をしていた。

ロ そして、前認定2(六)ないし(一三)のとおり、被告沢辺が代表取締役をしている時期から、被告菊地が代表取締役であつた時期を経て、小切手貸付は順次書替えられてきていた。

ハ 本件各小切手貸付も、被告菊地が訴外会社の代表取締役就任前の小切手貸付を書替えたものか、退任後の新規貸付分である。

ニ 昭和六三年九月二〇日、原告は訴外会社との間で代表取締役を被告沢辺とする手形貸付取引約定をし、その約定書によつて、被告沢辺を連帯保証人としている。

ホ ところが、平成三年五月二八日、被告菊地が被告沢辺に代わつて代表取締役になると、右取引約定書を破棄し、改めて、被告菊地を代表取締役とする訴外会社との手形貸付取引約定書を締結し、被告菊地に個人保証させるとともに、被告沢辺に別用紙の保証契約書を差入れさせている。

ヘ 原告担当職員は、被告沢辺から被告菊地が担当した旨告げられ、その退任登記後であるのに、被告沢辺に被告菊地を代表取締役とする本件各小切手の振出しによる書替えを要求した。

そして、当時資金に窮し倒産の危機にあつた被告沢辺との取締役変更につき前示(五)のような約定書の書替えをしなかつた。

ト 被告菊地が代表取締役就任当時は、同被告を代表取締役とする訴外会社の会社ゴム印を使用して小切手が振出されていた。そうであるのに、本件では会社名も、代表取締役名(被告菊地の氏名)も被告沢辺が手書きしている。これにより原告担当職員は当然、代表取締役の交替を知つていたものといえるし、また、知るべきであつたといえる。

(2) 元来、個人会社の代表取締役が会社の個人根保証をする場合は、自己が代表取締役であつた期間までに生じた会社債務を保証する趣旨であり、特段の事情がない限り、その退任登記後に生じた会社債務についてまで保証するものではないというべきである。

たとえ、その根保証条項にそのような定めがないとしても、継続的保証である代表取締役の根保証の性質等の照らし、信義則上このように解するのが相当である。

このことと、前認定(1)の各事実を考え併せると、原告が被告菊地の代表取締役退任登記後に新代表取締役である被告沢辺がした本件各小切手金債権につき、手残り手形貸付取引約定書(甲一)上の連帯根保証を利用して、本件菊地に保証債務の履行の請求をするのは信義則上許されないというべきである。

7  まとめ

被告菊地に帯する本訴請求は、右のとおり、根連帯保証の錯誤無効、信義則違反のいずれの点から見ても理由がない。

三  結論

以上のとおり、原告の本訴請求のうち、被告沢辺に対する請求理由があるからこれを認容し、被告菊地に対する請求は失当としてこれを棄却する。よつて、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉川義春)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例